COMMENT

それぞれが不思議な話なのに、底流には人間の確かな生活感がある。

映像作品が忘れがちな本当の、当たり前の、汗ばんだ時間が。

いとうせいこう(作家・クリエイター)



加藤さん豊島さんの、なんとも言えない二人の距離感が可笑しくて何度も笑いました。

目の前でとんでもない事が起きても、ま、いっか!って思わせる、無敵な力が漂ってて爽快です。

どこへ向かうか分からない二人のロードムービーを、このままずっと観ていたい。

前田弘二(映画監督『まともじゃないのは君も一緒』)



伸びやかなシスターフッド映画だった。

誰からも惑わされていなかった。

彼女たちは、お互いの余白に寄り添おうとしなくても、 目には見えない何かで繋がっている。

お互いのズレを楽しみ、等身大の関係性を保っている。 生き生きとした豊かな時間だった。

2人の空間をずっと眺めていたかった。

松林うらら(女優・プロデューサー)



家が一つの小宇宙のように感じられ、そこでは事物や訪れる人との不思議な妖怪めいた交感が起きている。実は誰もがよく知っていながら、キャメラが向けられて来なかった感覚の領域に映画は踏み込もうとしているのか。それはあの懐かしく哀切な『第七官界彷徨』の世界に近いとも言える。

高橋洋(映画監督・脚本家)



二人の暮らす家によく知らない人が入ってきたり、人の家に行ってみたら理解し難い関係性のカップルが喧嘩してたりする。この世の中には圧倒的な他者がいて、くっついたり離れたりしているんだよねってことが、こんなに牧歌的に成し遂げられるとは思っていなかった。

それだけじゃなくて、すでにこの世にいない者、過ぎ去った時間も、ちゃんと他者としてこの世界に今もある事として描かれていて、それは僕たちをいろいろな距離の呪縛から解き放ってくれる。

今この時代にそう思わせてくれるこの映画に、なんだかすごくワクワクする。

五十嵐耕平(映画監督)



無邪気でも、皮肉でもない、独特のユーモア!

リアルにいるようで、いないような、異様なキャラクター!

意味不明に爽やかな読後感!

他の何にも似ていないが、なんなんだコレは!!怪・快・傑作です!


しかし人との距離感って、ホントこんな風に、一筋縄ではいかないよな……。

酒井善三(自主映画監督)



停滞気味で微妙に息苦しい日々も、些細な出来事たちが積み重なり少しずつ変化していく。

そうしているうちに、過去から今までの点と点が繋がり、視界が開けたような喜びを手にする瞬間が突然訪れたりする。

『距ててて』にはそんな生活の難しさや面白さが詰まっていて、わたしもやっていくぞ〜!と元気をもらえた。

ウスバアミ(TAMA映画フォーラム実行委員)



日常のなかにまぎれ込む非日常。

自由すぎるラストにニンマリした。

こんな映画撮ってみたい。

内田英治(映画監督)



ささやかな日常、のささやかでなさ。

なにげない生活、のなにげなくなさ。

そんな「特別ではない特別さ」と「特別でないことの特別さ」を、

この映画は繊細に、だが力強く描いている。

佐々木敦(思考家)



本職は俳優である豊島さん・加藤さんの新作が、「気心の知れた俳優仲間と作った長編」という自主映画にありがちな枠組みを遥かに超えた、作家としての本気が伝わる作品となっていることに驚いた。特に、第三パートの本荘澪さんの「仕草」における脚本と演出は本当に上手いなあと感嘆しました。

大工原正樹(映画監督)



アンバランスになった2人と客人、

不安プレイで繋がってる2人、お告げに来たようなあたたかみのある2人、

冷気のようなグレーがかった色の中で人物たちの陽気で陰気なふるまいが見どころ!ラスト率直に向き合う2人の浴びてる景色が清々しかったです

楽観でも悲観でもなく前進!

兵藤公美(俳優)



どの物語も、マレビト(闖入者)が押しかけてきて、空気を不穏にする。ずっとゾワゾワして先が怖いのに、一方でもう可笑しくて可笑しくて笑いっぱなし。怖いことと可笑しいことの間には境界はないんだなと発見。迷惑かけ合うって、楽しいね!

星野智幸(小説家)



安易な共感や感情移入をすりぬける異物たちが混線的に絡みあうことで、「私とあなた」の閉鎖的二者関係は歪み、ほぐれ、生まれ変わっていく。見知ったキャストと共に主演俳優の二人が監督と脚本をつとめる制作手法も、こうした作品のあり方と響きあう。内輪ノリからは遠いところで、ウェットでもクールでもない視線が探し出す秘密の輝きがある。そこには、今を誰かと生きていくことの望外の楽しみが隠されている。

新谷和輝(ラテンアメリカ映画研究者)



SFの「S」は「サイエンス」だが、この映画のそこかしこにひそむSF設定の「S」をあえて名づけるのなら、きっと「ササイエンス」だ。圧倒的な規模感や手の込んだCGがなくても、世界は少しだけ変えられる。息を飲んで見つめるかわりに、ぼくは気持ちよく息をした。

松永良平(ライター/リズム&ペンシル)



映画が終わって、現実というもうひとつのおとぎ話にぽうっとほうり出されました。声出して笑いました。不思議な体験です。面白かった。

あと演者さんたちが作り出す演技の時間が丁寧にうつされているのが印象的でした。

西山真来(俳優)



不思議な人たちとたくさん出会える作品。みんな、すごくいい。でも、不思議だなぁ、いいなぁ、というのは僕の感想であって、それぞれの人たちは、きっとそれぞれの日常を生きているだけ。当たり前の生活の断片たちが切り取られ、ただ集められた、素敵な小石たちみたいな短編集だと思いました。

星野概念(精神科医 など)



洗濯、掃除、料理、何気ない会話のシーンがとても印象的だった。日々の生活が丁寧に描かれて、会話の機微がじーんと伝わってくる。でもどこかオフビートでユーモラスな台詞達。そして、それを成立させてる出演者の存在感がすごい。存在感というか、ただそこにいる感じかも。ニコニコで幸せな78分でした。

近藤強(俳優)



何かを抱えつつも最後は屈託なく笑うEDの物語が好きだ。「距ててて」はそうだった。僕らは人生を都度センテンスとしてまとめる。しかし問題の解決なんてありゃしない。ふと物事を俯瞰できた瞬間、句点が打たれ、読み直す自分の文章は滑稽で照れ臭く、笑っちゃう。そうしたことが讃えられていた。

本橋龍(演劇作家)



制汗シートで脇を拭く女性がことさら強調されることもなくナチュラルに登場する映画は信用できる。しかもその女性が監督兼主演だなんて…加藤さん、さすがだと唸りました。

このシーンに限らず、加藤さんの映画の登場人物は、この世界のどこかにこの人達がいるんだなあ~という実在感がすごくあって(こんなに変な映画なのに!)、いつかこんな風に俳優を演出してみたいと嫉妬を掻き立てられます。

さらっと撮っているようで、誰にも撮れない境地に達している加藤さんのデビュー作、ぜひ劇場で目撃することをオススメします。

安川有果(映画監督)



なんというか、あばれているのだ。

説明をせずに輪郭をわからせる品の良いセンスと、笑いの温度感、色とりどりな人物たちを見守るような優しい距離感。〈点と〉の丁寧な観察眼とバランスの良い視点には、洗練された大人っぽさを感じる。

が。同時に。

めちゃくちゃ、あばれているのだ!

なんて大胆なんだ!なんて痛快なんだ!

生きるって楽しそうだな、と思わせてくれるのだ。

内田慈(俳優)



物語をドライブするはずの音(人が発する言葉や奏でる音楽)と

それと関係ないはずの音(床の軋む音、街の音や自然の音)

が共存しながら時に協奏しながら流れる時間がとても心地よい。

三浦康嗣(□□□)



異質の訪問者をきっかけとするジャムセッション、翻訳困難な会話劇、謎の親子のもてなしの隙間に狙うもの、各章が心地よいリズムを絡めて別世界への出入口である古築の民家を中心に描かれる距離感は親密とは紙一重だと感じさせ、緑の光線を浴びると心は満たされ別世界を夢想することになるが、我に返ると何年も片付かないままの部屋で必要な物を日々探し続ける自分がいる。

澤山恵次(第15回 田辺・弁慶映画祭 キネマイスター賞 審査員)



すこしだけ不思議で、でもなんだか身近なお話。

一緒に暮らす2人が批判し合いながらもその奥で互いを認め合っているところ、羨ましかった。

あのコは今頃何しているかなって思い出して、誰かと何かを分かち合いたくなる映画です。

野本梢(映画監督)



この演技って映画に映るんだーという喜び、よくぞ捕まえてくれたハンターのようなチーム、かわす言葉がきっとすごく率直なチームなんだろうな。私たちのすぐ目の前なのに、どえらく遠くに連れてってくれる、演技という窓、すごいや。

山内健司(俳優)