「全員野球」で作った映画『距ててて』スタッフ座談会:河本洋介×三村一馬×西野正浩×加藤紗希×豊島晴香(後編)
[インタビュー・構成・文:天野龍太郎]
現在、東京・ポレポレ東中野にて上映中、そしてこれから全国の劇場で順次公開される映画『距ててて』。ここでお届けするのは、『距ててて』のスタッフたちによる座談会です。撮影の河本洋介さん、録音・音響の三村一馬さん、照明の西野正浩さんをお招きして、監督の加藤紗希さん、脚本の豊島晴香さんとともに、5人でおしゃべりをしてもらいました。話してもらったのは、現場で感じたこと、それぞれの製作への携わり方、秘蔵(?)のエピソードなどなど。
前編に続くこの後編では、より具体的に、映画の各章における撮影や製作について語ってもらっています。そのため、前編以上にネタバレが全開なので、映画をご覧になってからのほうが、ずっと楽しめる内容になっていると思います。
それでは、後編をどうぞお楽しみください。
■ホン・サンスのズームができない
――2章では、ワンカットの長回しが印象的ですね。
加藤:私は編集もするので、俳優の芝居をそのまま撮りたい、そこの時間を信じたいって思ってるんですね。出演者として作品に参加する時は「自分がこんなふうに見えるように編集されるんだ」という驚きやおもしろさが豊かだと思ってるんだけど、自分が編集する時は「あまり手を加えたくない」という思いがあって。だからこそ、長く撮れるところは長く撮りたい。特に、「2章はなるべく切らずにいきたいです」と相談しました。ホン・サンス(のズーム)をやりたかったんだけど、無理だったんですよね(笑)。
河本:ズームレンズがなかったからね。
豊島:「嫌だ」じゃなくて、「無理です」だったよね(笑)。
加藤:そうそう。「いらない」とかじゃなくて、「現実的に無理」って(笑)。
豊島:紗希ちゃんはずっと「ホン・サンスのこれをやりたい!」と言ってて、すごくわくわくしながら稽古までしてたんだけど、打ち合わせで河本さんに言ったら「無理です」って言われて(笑)。
――濱口竜介監督が『偶然と想像』でやっていましたね。
加藤:そうそう。だから、私は反省して。あれはちゃんとした機材や技術が必要なんだなって、改めて気づかされました。でも、いつかできたらいいなとは思ってる。
西野:(2章の家は)場所がね……。「ここで撮るのか〜……」って。
――難しかったんですか?
西野:「映画にならないな」と思っちゃいました。
――どのあたりが?
西野:いや、空間が……。
――普通の家すぎて?
西野:う〜ん……。壁とか全体の雰囲気とかから、「画が持たないな〜」って。
――たしかに、映画を見るかぎり、普通のマンションの一室ですよね。
豊島:もともと置いてあるインテリアがちょっと一世代前の感じだったから、カーテンも替えたし、絨毯も持っていったんだよね。美術に関しては、もとあった部屋からさらにシンプルにしました。
――そんな画にならない家を、どうやって撮ったんでしょう?
西野:画にならない家は……結局、画にならない(笑)。
豊島:え〜(笑)!?
――画になってないんだ(笑)。
西野:なってますかね(笑)? 自信がないです……。特に長回しで、横位置のツー(ショット)だとね……。向きも壁向きだし。でも、よく(カットを)切らないでやったなと思いました。
豊島:河本さんがどう思ってたのか、怖くなってきた(笑)。
河本:うん、まあ、でも、そこで撮るなら、それしかないし……(笑)。
三村:かっこいい(笑)。
――それを受け入れるしかないと。
河本:そうですね。
加藤:河本さん、めちゃくちゃ受け入れてくれるんだよな〜。
豊島:河本さんが「ここはな〜……」って言ってるの、見たことない。
加藤:いつも「できます」みたいな感じでね。
豊島:「まあ、なんとかなります」って。
加藤:そうそう。
豊島:でも、あれですよ。2章は、ドア越しのカットを発見したことですよ。
――あれはおもしろいなと思いました。サン(豊島)をドアの小さな窓枠越しに撮るショットですよね。
河本:テストで(カメラを)ちょっと長めに回してて、たまたまそうなったんだよね。それで、加藤さんが「これ、やりたい!」と言ったので、本番でもやりました。
豊島:たまたまあそこにカメラがあったんだっけ?
加藤:そうそう。たまたまあそこにカメラを置いて芝居をやってみたら、カメラの前にドアが現れて。それで、サンが枠の中に入るようにちょっと微調整して。たしか、西野くんがカメラの位置を提案してくれたんじゃなかった?
河本:じゃあ、西野さん(の案)だ。
一同:(笑)
西野:その前は、手持ちでいこうとしてたんですよ。でも、2章はずっとカメラを三脚に載せて撮ってたので……。「手持ちはやめたほうがいいと思います」って、言った記憶があります。
豊島:それで、「あそこに置いてみよう」ってなったんだ。
■3章の構成を変えた3人
――3章はどうですか? 冒頭、スカンク/SKANKさんの音楽が前景化してくるシーンがおもしろいと思いました。
三村:なんでああなったんでしたっけ?
豊島:アコの脳内再生を表現しようとして……。
三村:あと、あの時(撮影時)は、曲がまだできてなかったんですよね。
豊島:なんとなくのメロディラインがあるものを、当日の朝にスカンクさんが持ってきてくれて。それを聞いて、紗希ちゃんがその場でダンスをつくったんだよね。
加藤:そうそう。実際、どんな雰囲気の音楽になるかっていうのはわからなかった。
豊島:当日、みんなでデモを聞いて、予想外の感じだったから「どうしよう?」ってなったよね(笑)。
加藤:太鼓が入っててね(笑)。それで、「これは激しく動かないよな」と思って、ああいう踊りにした。
豊島:あと、iPhoneから曲が流れてることを表現するのに苦労して。「どうしてもiPhoneから音が聞こえてるように見えない」という問題について、すごくやりとりしたり相談したりした記憶がある。それと、3章は、フーと母がいなくなった後、しばらく時間が経って、フーがそれから一回も家に来てないこと、その時間経過をうまく表現するのが難しかったんだよね。空のタッパーのアップを撮ってみたりもしたけど、編集後の映像を見た河本さんから「浮いてる」って言われて。それで、みんなに相談したんだよね。
加藤:で、3人が外に煙草を吸いに出て帰ってきたら、いきなり「わかりましたよ!」みたいな感じになってて(笑)。
三村:そうでしたっけ? ぜんぜん覚えてないな。
河本:覚えてない。
西野:覚えてないな。
加藤:(笑)
河本:シーンを入れ替えたんでしたっけ?
豊島:そう。私のホンの順序を、がさっと入れ替えて。
加藤:構成を変えたらいいんじゃないかってね。
三村:あの編集、かっこいいですよね。
豊島:でも、あれ、たぶん、三村くんが「間に入れたらいいんじゃないか」って言ってくれた気がする(笑)。そういうふうに、映画づくりにおいて、めちゃめちゃ頼らせてもらってますね、本当に。
■光の魔術師
――4章はどうですか?
加藤:4章の「飛び方」もそうだよね。
豊島:サンがくしゃみをして石が光り出すっていうのは私のホンのとおりなんだけど、その先はホンができてなくて、その後の展開への持ってき方から相談したんだよね(笑)。
加藤:「アイデアを募集します!」って感じで(笑)。
豊島:あと、「石の光らせ方、募集!」もね(笑)。
加藤:そうだね。「石の光らせ方、知ってますか?」って聞いたよね(笑)。
豊島:4章の最後のシーンを撮る前日、暗くなってから、みんなで家の中の色々なものにレーザービームを当ててみたんだよね。それで、西野くんが2階の蛇口にレーザービームを当てて、「見つけた!」「すごい!」ってなって。
三村:水晶も使ってましたっけ? 加藤さんが『スキャナーズ』みたいになってましたよ(笑)。
豊島:あと、すりガラスね。
西野:そう。すりガラスは、(光が)めっちゃきれいに反射するんだよね。
加藤:で、西野くんに「光の魔術師」って異名がついて(笑)。その「すりガラスの光の屈折をどうやって表現するか?」となって、3人で買い物に行ったんだよね。
西野:あ〜。百均に行ってね。
加藤:店中のガラスに勝手にライトを当てて、試して。
三村:ええっ。やばいじゃないですか。
加藤:あはは(笑)!
三村:現場では、髙羽くんがレーザービームを水晶に当てて屈折させるのがいちばんうまかったんですよね。彼、器用ですよね。
豊島:私は光を当てるのが下手すぎてクビになって、落ち込んだ(笑)。
加藤:とよし(豊島)、そういう裏方仕事クビになりがち(笑)。カチンコも……。
三村:カチンコの件、ありましたね(笑)。1章の、アコが外で電話するシーンで初カチンコをするって時に、豊島さんが「5の2の……あっ、まちがえた」とか言ってて(笑)。あと、撮影場所の奥にアコがいて、カメラはそこにピントが合ってるから、カチンコはその近くに行って打たなきゃいけないんですけど、豊島さんはレンズの真ん前で打って(笑)。
加藤:とよしには、助監督は絶対にまかせられない(笑)。
豊島:時間に追われてて、「みんなが待ってる」という状況で瞬発的に何かをやるのが、すごく苦手なんだよね(笑)。落ち着いて美術を作るとか、そういう裏方はすごく好きだけど。
三村:なごみましたけどね(笑)。あと、僕の録音機材に「ZOOM」と書いてあるのを見て、豊島さんが「それ、『200メートル』って読むんですか?」って言ってきて。
――それはただ、豊島さんが天然だというエピソードじゃないですか(笑)。
三村:いや〜。こんなおもしろい脚本を書かれる人やから、他の人とはちょっと感性がちがうんやなって(笑)。
一同:(笑)
■3人の関係性と作品づくり
――山での撮影は大変だったんじゃないですか?
河本:あ〜……。でも、楽しかったですね。山登りしながら撮影していたので、遠足みたいな感じでおもしろかったですよ。
――(笑)。まっすぐ伸びた杉の木の画が印象的です。
河本:引きのカットですよね。あのへんはいいなって、僕も思います。
豊島:河本さんが、「引きで撮ったほうがいい」って言ってたんですよ。
河本:なんでだろうね? 引きの画が好きなんですかね?
――引きの画で見せられるっていうのは、やっぱりカメラマンの腕だと思います。
河本:ありがとうございます。
――他に苦労したことはありますか?
加藤:電車での撮影かな? 私は「正面で撮ってほしい」って言ったんだけど、河本さんが「無理です」と言って、あそこにカメラを置いてくれたんです。距離的に2人が入らないとか、カメラが映り込んじゃうとか、そういう理由で。
河本:トンネルもあったからね。
――それで、あの印象的なトップカットが生まれたんですね。TAMA NEW WAVEで映画評論家の森直人さんが、「必殺ショット」と絶賛していました。
河本:どうやって決めたか、覚えてないですね。
――(笑)。
豊島:髙羽くん※は、写真を撮ってるじゃないですか。だから、画づくりについて2人で相談してたのかなって思ったんですけど。
※髙羽快は清水役で2章に出演しているが、『距ててて』の撮影現場のスチールやポスター/メインビジュアルの撮影もしている。また、髙羽と、1章で田所役を演じた釜口恵太は、助監督的な立ち位置で現場を常に支えていた。
河本:けっこう相談してましたね。1章の、サンが家の2階で演奏してることにアコが気づいて階段をあがってくるところとか。テンポよくカットを割って、アコが部屋に入ってくる感じを出したいなと思って、髙羽くんと相談しましたね。
豊島:『泥濘む』の時と今回の現場で、感覚として何かちがいはありました?
河本:それはありましたね。2人が加わったことによって……。僕、あんまり人としゃべれないんですけど、なんて言うのかな……。2人が、キャストさんたちとうまく輪になってくれた気がしますね。
三村:すごくやりやすかったですね。コミュニケーションがすごくとりやすかった。スタッフはみんな喫煙者やったし(笑)。そういう時の河本さん、すごくかっこよくて。「ちょっと時間が空いたな」って時に、一言「(煙草を吸いに)行くか」と言ってくれるんですよ。
西野:懐かしいな(笑)。
三村:楽しかったですね。
豊島:そういう3人の関係性を見ててうれしかったし、私たちもすごくやりやすかった。ほんと、ありがとう!
加藤:三村くんには、撮影後も音響デザインの作業をずっとやってもらってね。
豊島:申し訳ないね〜。
三村:いえいえ。
加藤:長々と付き合ってくれてね。最初に整音したものから、映像が変わり、私が「アフレコしたい」と言ってアフレコしたところもあり、かなり変化してるけど、今の形についてどう思う?
三村:やっぱり時間をおいて改めて聴くと、「ぜんぜんあかんわ」、「ここはこうしておいたほうがよかったな」と思うところはいっぱいありますけどね。でも、ここまで何回もやり直したのは初めてかもしれない。
加藤:最初にPFF版があって、次にTAMA NEW WAVE版と田辺・弁慶映画祭版があって、で、さらに劇場公開版があって……。そのたびに相談して、直してもらったからね。
三村:いや、でも、ありがたいですね。
加藤:本当にありがとう。ここまで付き合ってくれて。
■めっちゃ光が入るフーちゃんの眼
――では、最後に、言い残したことや、ご自身の仕事として気に入っている箇所についてお聞かせいただけますか?
西野:う〜ん……。
――私は3章の、電球のあかりを活かした照明がすごくいいなと思いました。
西野:そうですね。3章ぐらい時のほうが、いいかもしれない(笑)。
三村:それは、慣れてきたから?
加藤:「あの天井にある、かわいい照明はいつ使うんですか?」って、西野くんが聞いてくれてたよね。
西野:あ〜……。「これ、使いなよ。いつ映すの?」って聞いた記憶がある。結局、ちゃんと映さなかったんですけど。
豊島:3章って、けっこう照明をつくってたよね。
西野:そうですね。あるもので、なんとかやりました。
豊島:あと、3章で、「本荘さんの眼にめっちゃ光が入るな〜」って、西野くんがずっと言ってた(笑)。「なんで眼にこんなに光が入るんだろう?」って。
西野:うん。ずっと入ってましたね。
三村:キラッキラしてましたね。西野さん、「フーちゃん、フーちゃん」ってずっと言ってた(笑)。
西野:あはは(笑)!
――河本さんはどうですか?
河本:僕、4章がいちばん好きなんです。脚本を読んだ時は「ラストのところ、どうするんだろう?」って不安はあったんですけど、いい感じになってよかったです。
――ラストは、空の印象が大きいです。余白が多くて、上向きで撮っていて。
三村:それはロケ地的に……。
――あまり映せなかった?
豊島:そうそう(笑)。
加藤:家が建ってて映っちゃうから、アオリしか撮れないなって(笑)。
三村:でも、(ロケ地を)よくぞ見つけたなって。ほんまに撮り方によっては、砂丘にしか見えないから。
加藤:そうそう。あのシーンは、みんなに「砂丘」って言われる。
豊島:あそこは、職場の人に「いいとこがあるんだよ」って教えてもらったんだよね(笑)。それで、昼休みにロケハンに行って。
――では、三村さんは?
三村:う〜ん……。『距ててて』みたいに、俳優さんが監督もして脚本もして出演もしてっていう作品は、他にあるんですかね? わかんないですけど、すごいことやなって思います。あと、やっぱり、2章は何回見てもおもしろいなって思います。
豊島:え〜。うれしい!
三村:脚本、せりふ、あとはやっぱり髙羽くんがおもしろいな〜って、何回見ても思う。神田(朱未)さんと豊島さんが2人でご飯食べてて、髙羽くんが訪ねてくるやないですか。それで豊島さんが「NHKですかね?」って言うと、神田さんが「いや、うち、払ってるし」と返す。その脚本に、現場で加藤さんが「これ、ちょっとおかしくない?」って言ったんですよ。知ってる人が訪ねてきて、それを隠そうとしてんねやったら、NHKってことにしといたらええやんと。でも、豊島さんは、「その曖昧さ、ちぐはぐさがいいんだ」と言ってて。そういうことを現場ですり合わせることができてたのは、「いいな〜」と思いますね。すごくやりやすいというか。
豊島:あそこ、河本さんにも反対されたんだよね(笑)。「それはおかしいんじゃないですか」って。
三村:俺も、その時は、たしかに「そうやな」って思ったんですよ。でも、豊島さんの言葉を聞いて、「ああ、なるほどな」と思って。「う〜ん?」ってなるのが逆にいいんだなって、納得できました。
豊島:最後はみんなが納得してくれて、「じゃあ、それでやってみるか」となってくれて。「これってちがうんじゃないの?」と思いながらやるんじゃなくて、ちゃんと話し合って、「じゃあ、それでいこう」という感じでやれたのが、すごくよかった。そういうふうにしてこの作品をつくれたのが、私はうれしいですね。
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